設計意図が伝わる仕様書へ──自動車開発に必須の“文書品質”改善術
自然言語による“解釈違い”がもたらすリスク
製品開発における技術文書──要求仕様書、アーキテクチャ設計書、分析報告書、議事録。
これらは最新の設計技法(Simulink、SysMLなど)を併用しても、最終的には自然言語による定義が必要です。なぜなら、仕様の目的、設計判断の背景、制約や前提、意図や理由といった情報はモデル図だけでは表現しきれないためです。しかしその自然言語は、“曖昧さ”という最大の弱点を持っています。その”曖昧さ”により、たった一つの文章を読み手が誤解釈しただけで、
- 重大不具合
- 作業の手戻り
- 予定外のレビュー追加
- 顧客指摘による信用低下
など、プロジェクトに多大な影響をもたらします。実際の現場では、「仕様の解釈違い」「ドキュメントの不整合」「設計意図の不明瞭さ」が後工程で頻発し、そのたびにコストの増大やスケジュールの圧迫、品質低下を生み出してしまいます。
増え続ける読み手が誤解釈を拡大させている
私たちが数多くの開発プロジェクトを支援する中で日々痛感するのは、“文書を読む人が増えているのに、書き方のルールは昔のまま”というギャップです。文書を読み手は後続設計者のみならず、
- 評価チーム
- 品質保証
- 顧客
- サプライヤ
- マーケティング担当
など、日々増加しています。にもかかわらず、
「読めば理解できるはず」
「長年の付き合いだから行間を読んでくれるはず」
という前提で書かれた文書が、いまも多くの組織で量産されています。その結果──
“書き手には正しいが、読み手には不完全”な技術文書が増え続け、今まで想定しなかった読み手に誤解を与えることによって、思いもしない領域で誤解が発生してしまうわけです。
意図が伝わる技術文書のウソ・ホント
ここでは、読み手に意図を正しく伝える技術文書にするためのポイントを、”ウソ・ホント”形式でご紹介します。
① 「設計の意図や変更理由は書くべきである」→ ホント!
設計した理由が書かれていないと、読み手は推測に頼ることになります。推測は解釈違いを生み、後工程でトラブルになる原因となります。自動車のワイパー制御を例にすると、書き手は「雨量センサーの反応を少し鈍くする」仕様に変更した際、「小雨時に過剰に動いてしまったため」という理由が明示されていなかったとします。すると読み手は、「反応が鈍くなるなら大雨に対しても感度を少し鈍くする」と誤解釈してしまうことが考えられるわけです。そうならないために、仕様項目の直下に「Purpose(意図)」欄を追加する、または“なぜこの案を選んだか・他案を却下した理由”を検討記録などに残しておくとよいでしょう。
② 「全体像は文書内で示すべきである」→ ホント!
読み手がまず知りたいのは、「この文書は何の話で、どこまでを書いているのか?」です。全体像がない文書は、読み手が迷子になり、レビューが長引きます。例えば文書の冒頭にシステム構成図がなく、説明が断片的なアーキテクチャ設計書が出来上がった場合、レビューで「そもそもこの機能の位置づけは?」「どこと通信する?」「この構成で要求仕様を満足できる?」という議論が何度も発生し、レビューが3時間超え、といったことが起きます。よって、読み手の理解を助けるために、設計書の冒頭に1枚の全体像(コンテキスト図・ブロック図)を必ず入れるようにすることをお勧めします。
③ 「例外ケースは後で考えればよい」→ ウソ!
例外ケースの未定義は、現場で不具合を生みやすいポイントです。例えば、正常系の仕様だけが定義され、異常時の挙動が“未定義”の場合、実装担当が独自判断で処理を追加してしまい、結果として顧客環境で意図と異なる動作になってしまうケースです。そうならないためには、各仕様に「Boundary(境界条件)」と「Exception(例外)」欄を追加する、または「この条件のときは、この仕様は適用されない」と定義するなど記述の工夫が必要です。
文書作成はセンスではなく“技術”である
技術文書が伝わらない本当の理由は、文章力が低いからではなく、“構造化されていないから”である場合が少なくありません。文書は、
- 意図(Why)
- 理由(Reason)
- 相関(Relation)
- 全体像(Overview)
の4つが揃えば、劇的に読みやすくなります。
弊社では、項目の標準化、テンプレート改善、“意図を書く技法”の教育、レビュー基準の整備、文書作成プロセスの改善、などを通じて、文書品質を“組織として”底上げする支援を行っています。
皆様の組織で、次のような状況はありませんか?
- 仕様の解釈違いが多い
- 手戻りが頻発している
- レビューが形骸化している
- 文書が読みにくく、説明に時間がかかる
これらは書き方を改善することで解決できるケースがほとんどです。「既存の仕様書を簡易診断してほしい」、「3文書だけレビューしてほしい」といった軽いご相談もお受けいたします。まずはお気軽にご相談ください。
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(長澤 克仁)