足りないのは愛である(IDEAL)~ 改善を根付かせる心得 ~
はじめに
もちろん世界平和のお話ではありません。アイディアル(IDEAL)は、プロセス改善モデルの一つです。
IDEALは、改善活動を5つの段階で進めるモデルであり、それぞれの段階の頭文字から名づけられています。また、5つの段階を一度実践して終わりではなく、実践から得られた学びを次の改善活動につなげることで、継続的なプロセス改善を目指します。
執筆者は2025年に技術コンサルタントとして当社へ転職し、プロセス改善の実務で「仕組みを整えること」と「現場で活用され役に立つ」までの間には、大きな距離があることを痛感しました。
よく考えられた組織の開発プロセスや図解を織り交ぜたわかりやすい手順書が整備されていても、現場が日々の仕事で使ってくれない。説明会を開いて実演指導してみても、いつのまにか以前の仕事の進め方に戻ってしまう。プロセス改善に取り組む方々は、このような悩みに思い当たる節があるのではないでしょうか。

今回は、家庭における「片付け」を題材に、SEPGとしてプロセス改善に携わってきた経験や試行錯誤を振り返りながら、IDEALの5つの段階に沿って、現場に改善を根付かせるための心得をご紹介します。
弊社の過去コラムでは、使えるプロセス vs 使われないプロセス:決定的な違いと成功事例で現場に役立つプロセスの特徴を、Automotive SPICEの活動を効率良く進めるためにでIDEALを用いた改善の進め方を、より専門的な視点でご紹介しています。IDEALモデルの公式アーカイブ(英語)は、開発元であるカーネギーメロン大学 ソフトウェアエンジニアリング研究所(CMU/SEI)のライブラリで公開されています。
IDEAL: Initiating - 「何のために」を一緒に考える
例えば、家のリビングがいつも散らかっているとします。
テーブル上にずっとある郵便物、ソファには上着、床には読みかけの本。
「そろそろ何とかしよう」と使いやすそうな収納棚を購入して、家族に宣言します。
「これからは、使ったものを元の場所に戻すこと!」
もっともなルールです。しかし、家族からは「今まで通りでも別に困っていないけどぉ」という声が返ってくるかもしれません。
片付けを始めたい私は、問題を感じています。しかしながら、その問題を家族が同じように感じているとは限らないからでしょう。
そこで、「探し物を減らしたい」「整然としたテーブルで落ち着いてご飯を食べたい」など、何のために変えたいのかを話し合います。
目的がわかれば、家族が片付けに協力する理由も見えてきます。
IDEALのIは、改善を始めるための土台を整える段階です。改善の目的を共有し、関係者がその必要性を理解して、協力できる状態をつくることが大切です。開発現場でも、まず共有したいのは、
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- どのような困りごとを解決したいのか
- 改善すると、仕事がどう進めやすくなるのか
- 誰が支え、どの時間を使ってみんながやりくりするのか
ということです。
執筆者がSEPGとして車載ソフトウェア開発のプロセス改善の一環として、進捗管理の仕組みを改善しようとしたことがありました。
今まで進捗管理は、プロジェクトリーダーや担当者の経験を頼りに進捗を判断する場面があり、進捗状況を共通の基準で把握できる仕組みが必要だと考えました。そこで、組織標準の進捗管理指標を整備し、開発状況を定量的に見える化する改善に取り組みました。
これで進捗状況を正しく把握し、必要な対策につなげられるはず。
そう考えていました。しかし、実際に使ってもらうと、期待していたようにはいきませんでした。
仕組みを整えたのに、なぜ期待したほど現場で役立たなかったのか
今振り返ると、改善の仕組みを考える前に、もっと現場の人たちと共有すべきことがあったのだと思います。
IDEAL: Diagnosing - 「なぜうまくいかないのか」を聞いてみる
目的を共有し、収納場所も決めました。ところが、一週間後にはテーブル上に再び物が積まれています。
「ちゃんと説明したのに、なぜ元の場所に戻してくれない?」
そう言いたくなるところですが、まず理由を聞いてみます。
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- 戻す棚までが遠い
- 収納箱のふたを開けるのが面倒
- どの箱に入れればいいかわからない
ルールを作った人には使いやすくても、使う人にとっては少し不便だったかもしれません。
「とりあえずモノを置く場所」が必要なのに、ルール上はすべてを細かく分類してすぐに収納させようとしていたきらいがあります。
IDEALのDは、今の状態と目指す状態を確かめ、改善すべき点を見つける段階です。開発現場でも、プロセスが使われていないという結果だけで、「理解が足りない」「意識を変える必要がある」などと勝手に判断すると、原因を見誤り適切に対処できないことがあります。
手順の意味がわからない、実際の作業に合わない、使うための手間が大きいなど、現場の意見によって必要な対処は変わります。
改善する前に、使う現場と人を知る
進捗管理の改善なら、「どの測定値を集めるか」を考える前に、次のことを確かめたいところです。
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- リーダーは何を知りたいのか
- どの場面で、どういう判断を下すのか
- 今の情報では、何が判断しにくいのか
進捗改善の仕組みが十分に活用されない場合、「なぜ使わないのか」を問いかけるのではなく、「どのような情報があれば判断しやすいのか」「今の仕組みで何がわかりにくいのか」を確認することが大切です。現場で使う人の思考が理解できれば、必要な情報について考えやすくなります。
片付けの話に戻ると、収納箱が空のままだからといって、家族に片付ける気がないとは限りません。
箱に入れるまでの動きが少し面倒すぎるだけなのかもしれないのです。
IDEAL: Establishing - 一度に全部を変えようとしない
片付かない真因がわかると、改善したいことが次々に出てきます。
収納棚の位置を変える。収納箱を買い替える。わかりやすいラベルに貼りなおす。
勢いあまって家中を一気に片付けようとすると、片付け途中で床に物があふれ、「始める前より散らかっている」という見覚えのある場面になってしまいます。
IDEALのEは、優先順位を付けて、改善の進め方を選ぶ段階です。
家庭なら、まずは毎朝探している鍵の置き場所から始めてもよいでしょう。
解決したい困り事を絞れれば、取り組みやすく、結果も確かめやすくなります。
進捗管理の改善でも、しっかりとやり方を決めておくことが大切です。
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- どの課題から取り組むか
- 誰が担当し、相談先は誰にするか
- いつどこで試し、いつ振り返るか
- 何をもって改善できたと判断するか
「作るもの」と「得たい結果」を分けて考える
ここで意識したいのは、「進捗グラフを作ること」と「グラフを使って状況を判断し、必要な対応につなげられること」の違いです。
家庭でも、「玄関の鍵を箱に置くこと」と「朝、鍵を探さずに出掛けられること」は別のことです。
箱を置いただけで満足すると、翌朝も鍵の捜索隊がウロウロしているかもしれません。
どんな仕組みを作るかだけでなく、それを使うことで何が良くなるのか。計画の段階で、その両方を考えておくべきだと思います。
IDEAL: Acting - 使ってもらって、初めてわかることがある
計画ができたら、実際に試してみます。
例えば、鍵の箱を玄関に置き、一週間使ってもらいます。
それでも鍵が戻らなければ、やり方を変えてみます。
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- 箱の位置を変える
- 箱のふたを外す
- 小分けできる小さなトレーを並べてみる
見た目の立派な収納箱よりも、片手で置ける小さなトレーの方が役立つことに気づくでしょう。
IDEALのAは、改善策を実際に試して、気づきに対処しながら調整していく段階です。
机の上で考えた仕組みは、現場で実際に使うと、得てして想定しなかった問題が見えてきます。
現場に寄り添い、使う人の気持ちに共感する
執筆者が取り組んだ進捗管理の改善の仕組みは、最初の試行では3つのパイロットプロジェクトで実践しました。
試行後の振り返りでは、「進捗会議の場で定量的な数値を共有できるのは分かったが、グラフの見方がわからず是正判断に活用できなかった」という結果が得られました。
数字はある、グラフもある。しかし、それをどう使えばよいかわからず、次の行動を決められなかったのです。
家庭の片付けの話に無理やり置き換えると、「リビングの片付け達成度は70%です」と報告されたようなものです。
残りの30%が、郵便物なのか、上着なのか、床の本なのか。何が問題なのかわからなければ、次に誰が何をすればよいか決められません。
この結果から、執筆者は大切なことに気付きました。
進捗を「見えるようにすること」と、その情報を使って「次の行動を判断できること」は、別だということです。
仕組みを作る側と、使う側の視点違い
執筆者が考えていたのは、「進捗状況を定量的に把握できる仕組み」でした。しかし、現場のプロジェクトリーダーが求めていたのは、状況を把握するだけでなく「次の行動を判断できる仕組み」だったのです。
この違いを、実際に使う現場の声から痛感しました。
IDEAL: Learning - うまくいかなかった経験を、次に活かす
最初の試行で期待した結果が得られないと、「こんなはずでは、、、改善がうまくいかなかった」と思い悩むでしょう。
しかし、試したことで何が足りなかったか、そのヒントが得られたはずです。立ち止まらず、次に活かすことも当初計画のうちです。
IDEALのLは、改善活動を振り返り、得られた学びを次の活動につなげる段階です。
家庭の片付けでも「箱を置いたのに戻してくれない」で終わらず、トレーに置き換えることで無理なく続けられそうか、あらためて家族の意見を聞いてみましょう。
現場が判断できるグラフへ
進捗管理の2度目の試行では、プロジェクトリーダーが「何を知り、何を判断したいか」という視点に立ち返り、指標とグラフを見直しました。また、グラフを見てどう判断するかを整理し、リーダーと担当者が同じ判断基準で状況確認できるマニュアルを整備しました。
その結果、単に進捗を可視化するだけでなく、リーダーが状況を把握し、次の対応を判断するために活用できる仕組みへと改善できました。
最初の仕組みのまま組織内に展開していたら、判断に使えない仕組みを広げていたことでしょう。最初の3プロジェクトで試した結果を、次の改善につなげることができました。
仕組みを作った段階で、一仕事終えたように感じてしまいがちです。しかし、仕組みを使う人にとっては、そこからが始まりです。
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- 使ってみて、どこで迷ったのか
- 必要な判断に役立ったのか
- 次に何を考えると、よりよくなるのか
こうした疑問を持ち続け、使う人の声に耳を傾けること。それこそが、プロセス改善を現場に根付かせる原動力なのだと強く感じました。
おわりに
プロセス改善というと、標準規格を適用しながら、改善のための手順書や仕組みを整備する活動を思い浮かべるかもしれません。それら自体は重要であることに変わりないですが、加えて「使う人の事情を知り、実際に役立つように育てていくこと」も同じぐらい重要であるし、もっと難しい活動であると今は知っています。
家庭の片付けも、収納棚を買って「あとはよろしく」では、なかなか家族内の良い習慣には育ちません。目的を共有し、困りごとを聞き、無理のない順番で試し、結果から学ぶ。その繰り返しが根付かせるということなのです。
タイトルに掲げた「足りないのは愛である」の「愛」とは、「使う人に関心を持ち、使えるようになるまで寄り添いたい」という心構えです。
その想いを具体的な改善活動につなげる道筋が「IDEAL」なのだと思います。
立派な仕組みができたときこそ、使う人に聞いてみましょう。
「これで、仕事が進めやすくなりますか?」
家庭なら返ってくる答えは、「あなたの上着、質問の前に片付けて!」かもしれません。改善を進める人にも、ひと仕事ありそうです。
アイディアル(IDEAL)で世界平和は成し遂げられませんが、あなたの職場やご家庭に平和をもたらすことはできるかもしれません。
弊社では、開発現場に伴走できる経験豊富なコンサルタントが在籍し、みなさまのお困りごとに対応しております。
今回のコラムで取り上げた内容は、弊社のソリューションサービスでもカバーしています。
関心をお持ちの方は、ぜひ弊社までお問い合わせください。
(越智 功)