Automotive SPICE 能力レベル3とは何か? ー それは「プロセスの話」だけではない (後編)
前編では、能力レベル3の本質が「プロセス定義」だけではなく、People・Process・Technology を通じて組織として改善が回り始める状態にあること、そしてAutomotive SPICE(以下、A-SPICE)の文脈では、なぜその本質が見えにくくなってきたのかを整理してきた。前編はこちらから。
後編では、その理解を前提として、能力レベル3の先に位置づけられるレベル4・5が何を意味するのか、さらにそれが事業運営や競争力とどのようにつながっていくのかを考えていく。
5.レベル3はゴールではない ー レベル4・5が示す世界
能力レベル3は、組織として改善を回し始めるための重要な節目である。しかし、それは決して到達点ではない。むしろ、改善がようやく自律的に回り始めた状態に過ぎない。レベル3に到達した組織では、改善はもはや個々のプロジェクトの工夫に依存するものではなく、組織の仕組みとして回り始める。標準プロセスやプロセス資産が整備され、プロジェクトはそれを前提として運営され、実績は組織に還元される。
前編で見てきたのは、まさにこの状態であった。しかし、改善が回り始めることと、組織がどこへ向かって進んでいるかは別の問題である。能力レベル3の段階では、関心の中心は依然として「やり方」にある。どのプロセスを使っているか、標準は守られているか、改善活動が実施されているかといった点が議論の主軸になる。
能力レベル4・5の世界では、この関心の置きどころが変わる。ここで重要なのは、改善がより高度になることではない。組織の視線そのものが変わるという点にある。この視線の違いは、データの使われ方に最も端的に現れる。能力レベル3までにおけるデータの扱いは、主として過去を振り返るためのものである。どのプロセスがうまく機能したのか、どこに問題があったのかを確認し、現状を把握するために用いられる。このデータの使い方は、自動車で言えばバックミラーを見る行為に近い。過去に何が起こったかを確認し、その結果をもとに現在の状況を判断する。
一方、能力レベル4に進むと、データの意味合いが変わる。レベル4では、プロジェクトやプロセスの実行結果が定量的に捉えられ、ばらつきが管理される。品質、工数、納期といった指標が過去の実績と結び付き、組織として「予測可能な状態」に近づいていく。ここでの特徴は、データが単なる記録ではなく、意思決定の材料として使われ始める点にある。この段階でのデータの役割は、バックミラーではなくナビゲーションに近い。過去の実績をモデル化することで、将来どのような結果が起こり得るのかを見通し、その上で進路を選択するために使われる。
さらにレベル5では、そのデータを用いて、組織としてどこを改善すべきか、どこに投資すべきかが議論されるようになる。改善は「現場の工夫」ではなく、組織として選択される活動になる。この段階では、改善テーマがプロジェクトの中だけで完結することはほとんどない。
重要なのは、ここで求められているのが「高度なプロセス技法」ではないという点である。
レベル3まではプロセスの設計や運用が議論の中心だったのに対し、レベル4・5では、組織の視線がプロセスそのものから事業成果へと移っていく。改善はもはや目的ではなく、事業を成り立たせ、競争力を維持・強化するための手段として扱われるようになる。
この意味で、能力レベル3をゴールとして捉えてしまうと、組織は改善のやり方を洗練させるところで立ち止まりやすい。一方、能力レベル3を通過点と捉えた組織は、その先で「改善を何のために行うのか」という問いに直面することになる。
6.20年後を語る企業と、目の前を語る企業
能力レベル4・5が示している本質が、手法や技術の高度化ではなく「組織の視線の向き」であるとすれば、その差はどこに最もはっきりと現れるのだろうか。その一つの答えは、組織が何を語っているか、もう少し言えば、どれだけ先の話をしているかにある。
筆者が北米のあるCMMIレベル5企業を訪問したのは、今から20年以上前のことである。先進的なプロセス改善の現場を見る機会を得て、多くの示唆を受けたが、今でも強く印象に残っているのは、プロセスそのものではなく、そこで交わされていた会話の内容である。
その企業では、SEPG(Software Engineering Process Group)に属する人材が、プロセスの話と同じ熱量で、事業の話をしていた。彼らが語っていたのは、「次のプロジェクトをどう回すか」ではなく、「この事業を10年後、20年後にどういう姿にしたいのか」という問いだった。プロセス改善は頻繁に話題に上ったが、それは決して目的ではなかった。改善は、商品競争力をどう高めるか、市場でどのポジションを取るのかといった議論の中に自然に組み込まれていた。プロセスは、事業の意思を実現するための手段として語られていたのである。興味深かったのは、こうした議論を主導していたSEPGのメンバーの多くが、経営学やビジネスの素養を持っていた点である。中にはMBAを取得している人材もおり、プロセスと事業の話を行き来しながら議論することが、ごく自然なこととして行われていた。
一方で、筆者がこれまでに見てきた多くの組織では、状況はかなり異なる。そこでは、SEPGはプロセスを定義し、維持し、評価対応を行う組織として位置づけられることが多い。語られる話題は、「このプロセスで問題はないか」「監査に耐えられるか」「定義が最新か」といったものが中心になる。もちろん、こうした活動自体が無意味なわけではない。前編で述べた通り、能力レベル3までの世界では、これらは不可欠な役割である。しかし、その状態に留まる限り、組織の議論はどうしてもプロセスの内側に閉じてしまう。
ここに、能力レベル3とレベル4・5の間に横たわる大きな断層がある。
能力レベル3では、改善は回っている。しかし、その改善がどこへ向かうためのものなのかは、必ずしも明確ではないことが多い。改善は改善として正当化され、「なぜそれをやるのか」という問いは後回しにされがちになる。これに対し、能力レベル4・5の組織では、改善は常に別の問いと結び付けられている。「それは事業にどう寄与するのか」「競争力の源泉になるのか」「投資する価値があるのか」。プロセス改善は、こうした問いに答える一つの選択肢として扱われる。
この違いは、組織文化にも強く影響する。目の前のプロジェクトや、直近の評価結果を語る組織は、通常、改善の視野も短期に留まる。問題があれば対処するが、その積み重ねがどこへ向かうのかは共有されにくい。一方、長期の時間軸で話をする組織では、改善は最初から「積み上げていくもの」として位置づけられる。ここで注目すべきなのは、この差がプロセス技術の巧拙から生まれているわけではないという点である。多くの場合、違いを生んでいるのは、誰が改善を語っているのか、そして何の文脈で語っているのかである。
能力レベル4・5に到達した組織では、改善を語るSEPGが、同時に事業の文脈を語ることができる。逆に言えば、改善の議論がプロセスの範囲に閉じている限り、組織は能力レベル3の先に進むことが難しい。
次章では、この問題を個々の人材の能力論としてではなく、組織構造や役割設計の問題として捉え直す。なぜ多くの組織は能力レベル3を維持できず、再びレベル1・2に戻ってしまうのか。一方で、なぜ一度能力レベル4に到達した組織は、その水準を下回ることがほとんどないのか。その違いを考えていく。
7.プロジェクトフォーカスから、いつ抜け出すのか
第6章では、能力レベル4・5に到達した組織の姿を見てきた。そこでは、改善は単なるプロジェクトの成果や品質向上としてではなく、組織や事業の言葉として語られていた。改善は、個々の善意や努力に委ねられる、いわゆるボトムアップ的なものではなく、経営の意図として位置づけられ、組織全体に引き受けられるべき営みとして扱われていた。
では、なぜ多くの組織は能力レベル3に一度は到達したように見えても、それを維持できず、再びレベル1・2に戻ってしまうのか。一方で、なぜ一度能力レベル4以上に到達した組織は、その水準をほとんど下回らないのか。この違いは、個々の人材の能力や現場の頑張りによって生じているものではない。能力レベル3の段階では、フォーカスはすでにプロジェクトから組織に移っている。標準プロセスは整備され、改善活動も行われている。「やっていない」わけではない。それにもかかわらず、能力レベル3は不安定になりがちで、維持されにくい。問題は、改善そのものの量や手法ではなく、改善とどう向き合ってきたか、その向き合い方にある。
日本の組織は、長年にわたり、課題が顕在化してから対処する「課題解決型の改善」に強みを持ってきた。品質問題が発生すれば徹底的に原因を究明し、個別のプロジェクトとしては高い完成度に持っていく。その力は、世界的に見ても極めて高い水準にあった。一方で、A-SPICE や CMMI に代表されるプロセス改善モデルに対して、世界で確立されつつあるベストプラクティスを、そのままの形で学び、自分たちの事業に引き直して引き受けるという向き合い方は、必ずしも強くなかった。
これらのモデルは、もともと欧米の研究者が日本の製造業、とりわけ生産方式とカイゼンを徹底的に研究し、曖昧になりがちなノウハウや暗黙知を理論化・形式知化しようとした試みから生まれている。言い換えれば、CMMI や A-SPICE は、「日本のやり方を否定するためのもの」ではなく、日本の強みを世界基準で捉え直し、誰もが再現できる形にするためのグローバル標準として発展してきたものである。
しかし日本では、それらのモデルはしばしば評価対応や要求対応の道具として理解され、プロジェクト単位で真面目に適用されてきた。課題解決型の改善が得意であったがゆえに、目の前の問題に対応することに重心が置かれ、外部で積み重ねられてきた改善の知を、経営として引き受け続けるという営みは、必ずしも中心的な関心にはなりにくかった。その結果、改善は「できる人」「頑張る人」に依存しやすく、組織として守られるものにはならない。忙しさや人事異動、環境変化が起きれば、優先順位は下がり、能力レベル3の状態は容易に崩れてしまう。これは、改善が個人の姿勢や努力に委ねられ、 組織としての役割や責任として設計されていないことを意味している。
一方、能力レベル4以上に到達した組織では、改善は善意や努力に委ねられていない。改善は事業を回し続けるための前提条件として位置づけられ、経営の意思と役割の中に組み込まれている。だからこそ、一度その段階に入ると、元の状態に戻ることがほとんどない。
日本の経営者が将来を考えていなかったわけではない。むしろ、日本の自動車産業は長年にわたり、世界的に見ても高い競争力を維持してきた。ただし、その成功体験があまりにも強かったがゆえに、ソフトウェアという分野において世界の最先端がどこまで進んでいるのかと、正面から向き合う必然性が見えにくかったという側面は否定できない。
能力レベル3が維持できない理由は、手法やプロセスが足りなかったからではない。グローバル標準として確立された改善モデルと、経営としてどこまで真剣に向き合い、それを自分たちの事業として引き受ける覚悟があったかどうかにある。
こうした違いを分けているのは、時間でも経験年数でもない。プロジェクトフォーカスから抜け出せるかどうかの分岐点は、経営層が A-SPICE のようなプロセス改善モデルを、評価対応ではなく、事業と組織を設計するためのグローバルスタンダードとして理解し、組織的な活動を自ら主導するかどうかである。
その前提に立った瞬間、能力レベル3は「分からない概念」ではなく、「組織の振る舞い」として認識できるようになる。
8.このままで、本当にいいのか?
ここまで、能力レベル3とは何か、そしてそれがなぜ分かりにくかったのかを見てきた。能力レベル3は、プロジェクトをうまく回すための段階ではなく、プロジェクトを素材として、組織としての仕事の仕方を設計し、学習を回し始める状態である。そして、その正体はプロジェクトの中では決して見えない。それでも、これまで多くの組織はプロジェクト中心の見方に留まり続けてきた。それは誤りだったからではない。組込みソフトウェアが長らく“無償に近いもの”として扱われ、製品価値の中心がハードウェアにあった時代には、その立ち位置で事業が成立してきたからである。
しかし、状況はすでに変わっている。Teslaを見れば分かるように、ソフトウェアは機能の集合体ではなく、事業そのものになりつつある。ADAS、そしてSDVの世界では、製品価値や競争力はソフトウェアによって定義される。ソフトウェアは価値として問われ、有償化の時代に入りつつあり、欧米との直接競争も、もはや避けられない現実である。
この環境において、プロジェクト単位での対応を積み重ねるだけで十分なのか。評価要求に応え続けるだけで、事業としての競争力は維持できるのか。ここで問われているのは、やり方ではなく立ち位置である。
能力レベル3はゴールではない。それは、レベル4・5で事業を回すための最低限の土台に過ぎない。能力レベル3を「分からない概念」のままにしておくのか。それとも、組織として引き受け、次の段階へ進む準備を始めるのか。これは評価の都合や一部のプロジェクトの事情で決まる話ではない。組織としての意思決定を伴う選択である。
このままで、本当にいいのか。
この問いに、今すぐ明確な答えが必要なわけではないかもしれない。しかし、プロジェクト中心の見方を続けるのか、それとも組織として仕事の仕方を設計する立場に立つのか。その選択を意識しないまま進むことだけは、避けるべきだろう。
能力レベル3とは、何かを新しく付け加えた結果として得られる到達点ではない。どこに立って仕事を見るのか、その視点を選び直したときに、あとから振り返って「そこにあった」と気づく状態に過ぎない。
答えは、モデルや評価の中にはない。組織自身の選択の中にしか存在しない。
(日吉 昭彦)