Automotive SPICEの前に考える“要求の肥大化”対策 ~要求仕様を明確にする3つのポイント~
「最初は小さな追加だったのに、気づけば手がつけられないほど要求が膨らんでいた。」
皆様の現場ではこのような事象に遭遇したことはないでしょうか?いわゆる「要求の肥大化」です。今ではアジャイル開発の普及やツールによるトレース管理などが進み、昔に比べると要求の肥大化そのものは抑制傾向にあります。しかしながら、年々技術の高度化・統合化が急速に進むにつれ、リリース直前にもかかわらず五月雨式に要求が発生するケースは少なくありません。当初の想定を超えた要求が増え続けると、スケジュールは遅れ、品質は落ち、チームの士気も下がります。「うちでは起きていない」と思っていませんか?実は、どんな現場にも“要求の肥大化”の芽は潜んでいるのです。そう考えると、要求の肥大化はもはや一部の大規模開発だけの問題ではないのです。Automotive SPICEでは要求管理が開発プロセスの基盤として定義されていますが、実際にはAutomotive SPICEの適用だけでは“要求の肥大化”を完全に防ぎきれないケースが多く見られます。そこで、要求の肥大化はどういった原因で起こるのか、考えてみたいと思います。
■ 要求の肥大化が起きる主な原因
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ステークホルダーが多い
今は1製品のことだけ考えれば良いものづくりは影を潜め、ヒト・モノと繋がるスケールの大きな製品づくりが主流です。それによって、プロジェクトのスコープが拡がり、ステークホルダーも増えていきます。そうすると、ステークホルダー毎に多種多様な要求が発生していきます。すべての要求を取り込もうとした結果、特にコスト、納期を超過してしまいます。
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要求が曖昧なまま進む
要求仕様書自体の曖昧さも要求肥大化の原因になります。具体的には、要求仕様書に 「〜など」「〜関連」「〜のように」のような“便利な曖昧語”が書かれていることがあります。この“便利な曖昧語”が、「こういう要求も含むよね?」といった要求の肥大化に繋がることがよく見受けられます。
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要求追加を断り切れない
顧客からの要求に対して、「大切な顧客に言われたら断れない」「少し無理をすれば何とかなるだろう」といった安易な受容が、次々と要求を呼び込んでしまう要因になり得ます。次第に要求を断りづらい雰囲気が生まれ、最終的には未対応の要求事項がいくつも残存したまま納期を迎えてしまうことは珍しくありません。
■ 要求の肥大化を防ぐための『処方箋』
要求の肥大化が起きる原因は現場の努力不足ではありません。以下のような「仕組みとルール」でコントロールすることができます。
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スコープを明確にする
プロジェクト計画立案の段階で、「今回はここまでしかやらない」と範囲を明確化し、ステークホルダー間で合意を取っておきます。その際には、要求を採用するかどうかを「コスト」「納期」「品質」などの観点から定量的に検証する基準を設けることが重要です。例えば、要求ごとに「コスト増加率」「スケジュール影響度」「顧客価値への貢献度」を簡易的に見積もるフレームを持ち、これらをトレードオフ評価してスコープを決定します。また、スコープ外要求が出た場合は、判断ルールに沿って扱う柔軟性も兼ね備えておくことが必要です。
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曖昧な要求表現を排除する
仕様書や設計書、議事録に至るまで、定義や条件が具体化されていることを複数人の目で確認し、誰が見ても同じ理解になるよう整理しなおす機会を持つことが必要です。「“~など”や“~のように”が記載されていないか」といった定義の明確さを確認するチェックリストを用意する仕組みも有効です。
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要求受け入れの判断を仕組み化する
プロジェクトが厳守すべき方針に基づき、CCB(変更制御委員会)などの場で要求の受け入れ可否を判断する仕組みを取り入れます。その場合、「誰が」「どういう基準で」変更の受け入れを判断するかを明文化しておくことが重要です。では、具体的にどのような基準で判断すればよいのでしょうか。以下に一例を紹介します。あるプロジェクトでは開発期間を3カ月単位のリリースサイクルと定義し、要求の出し方・締切・変更ルールを明確にして運用していました。
- 各リリースは3カ月単位とし、期間の延長や早期リリースは行わない
- 1リリースの中で数回のフェーズに区切って開発をする
- 第1フェーズ(スタート~2週間)までに要求を確定する
- 第3フェーズ(5週目~8週目)までは要求変更を許容する
- それ以降の要求追加・変更は次リリースに持ち越し
このように、あらかじめ「いつ・どの範囲まで変更を受け入れるか」をルール化しておくことで、品質とスケジュールの両立が可能になっていきます。
■ Automotive SPICEに固執しすぎない、現場に効く支援を
要求肥大化の防止は、単にAutomotive SPICEの要求管理プロセスを満たすだけでは実現しません。重要なのは、「現場が運用できる形で仕組みを落とし込む」ことです。
弊社は要求定義を含む開発経験豊富なコンサルタントが在籍しており、現場目線で支援しています。また、コンサルティングの中で、設計文書に潜む曖昧表現の抑制に向けたプライベート教育も行っています。私たちはAutomotive SPICEの規格に固執しすぎず、組織文化やチームの成熟度に合わせた“浸透しやすい最適解”を提案し続けています。ぜひ、現場に合った仕組みづくりについてご相談ください。
弊社YouTubeチャンネルにてソフトウェア要件分析のポイントを解説しております。こちらもご覧ください。
【ソフトウェア要件分析プロセス②】Automotive SPICE 活動のポイント
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(長澤 克仁)