Automotive SPICEの活動を効率良く進めるために
弊社では、これまで Automotive SPICE に関する取り組みを数多く支援してきました。 残念なことに、組織的にプロセス改善に取り組めている組織は少なく、大半がプロジェクト個別の活動となってしまい、組織として多大な費用がかかってしまっています。 今回は、このような状況から抜け出し、効果的な改善活動を実施するためのヒントをご提供いたします。
何故、プロジェクト個別の活動になってしまうのか?
まずは、この理由について考察してみます。その最大の理由は、車両メーカーがプロジェクト要件として Automotive SPICE を要求していることだと考えています。具体的には、次の2点がその原因だと分析しています:
- Automotive SPICE には、プロセス改善に必要なプロセスが取り上げられていない
- VDAスコープに、プロセス改善に必要なプロセスが入っていない
ここで引用した ISO 15504 は、Automotive SPICE のベースモデルであり、ソフトウェア開発プロセスの評価と改善のために必要なプラクティスを定義した国際規格です。そもそも SPICE とは Software Process Improvement and Capability dEtermination の略であり、ISO15504 の原案作成をしていたプロジェクトに付けられた名前です。
一方で車両メーカーは、特定部品のサプライヤーを選定するためにAutomotive SPICE を使用しています。そのため、車両メーカーとしては組織的なプロセス改善より、むしろ発注を予定している(1つの)プロジェクトのプロセス能力を重要視しているのです。これは、Automotive SPICEに定義されているプロセスや、車輌メーカーがアセスメント対象のプロセスとして採用しているVDAスコープにも現れています。上図に示すように、組織的な改善活動を実施するために参考になる、PIM.1(プロセス確立)、PIM.2(プロセスアセスメント)、RIN.1(人的資源管理)、RIN.2(トレーニング)、RIN.3(知識管理)、RIN.4(環境整備)などは Automotive SPICE には定義されておりません。唯一、PIM.3 が Automotive SPICE に含まれていますが、VDA スコープには取り上げられていません。
従って、車両メーカーの指定するプロセス(一般的にはVDAスコープ)だけを対象にしても、組織的にプロセス能力を向上させることは困難です。プロセス能力を継続的に向上させていくためには、Automotive SPICE には定義されていない他のプロセスの導入を検討する必要があります。例えば、上図で示した ISO15504 や 最近発行された Organization SPICE (概要は、こちらを参考にしてください)などを取り入れると良いでしょう。 これまで筆者が見てきた中では、1社だけ PIM や RIN を参考に組織プロセスを定義している組織がありました。さすがに、この組織では改善活動が組織的に運営されていました。
この結果、何が起こっているか?
Automotive SPICE 対応をしているプロジェクトでは典型的に次のような課題が見られます:
- プロジェクトごとに、Automotive SPICE の対応が実施されており、組織として無駄な工数が発生している
プロセス改善活動とは) 組織能力を高めるために組織としてのプロセスを定義し改善する活動である
- プロジェクト定例会議の中でプロセス活動の議論がされ、プロジェクト工数が圧迫されている
プロジェクト定例会議では) プロジェクト計画に対する状況と課題の確認を実施する場である
本来どうあるべきか?
本来、組織としてプロセス改善活動を運営していれば、新たなプロジェクトが発足しても、Automotive SPICE 要求への対応を新たに実施する必要はないはずです。では、そのような状況を作り上げるには、どのようにすればよいでしょうか? 私たちは、これまでの経験から次のことが重要だと考えています。
- プロセス改善活動のアプローチを明確にする
- プロセス改善活動の目的を明確にし動機づけを行う
- プロセス改善活動の役割と責任を明確にする
プロセス改善活動のアプローチに関するヒント
改善活動は、米国のカーネギーメロン大学ソフトウェア工学研究所(SEI)が開発した組織的改善活動モデルであるIDEAL(Initiating Diagnosing Establishing Acting Learning)を参考にすると良いでしょう。このモデルでは5つの活動フェーズが定義されています。このモデルは、いわゆるPDCA と同様のモデルですが、改善活動には活動開始時の行動が重要という考え方から、立上げフェーズI(Initiaging)が加えられています。改善活動は、基盤を形成することが重要であり、この段階で組織のトップが改善活動に対する態度を決めることが重要であるとされています。
もう一つ、プロセス改善において重要な活動を説明いたします。IDEALモデルでは、行動・学習フェーズの活動となります。
- 1つ目は、プロセスの試行と評価です
改善施策を本運用する前に、試行するプロジェクトを選定して、試行すること
そして改善の効果が当初の目標と比べてどの程度になるかを評価することが重要となります - 2つ目は、プロセストレーニングの提供です
改善施策が出来上がったら、改善プロセスの内容や新しい活動の目的をメンバーに周知する必要があります
トレーニングプログラムを通してプロセスの目的や意図を説明することがプロセスの定着にも寄与することになります - 最後に、プロセス展開計画の策定と、実装状況の評価です
「改善プロセスが完成したから、あとはプロジェクトが使うはずだ」と思っていても、なかなかうまくいきません
プロセス策定は、プロセスを使ってもらうための計画と評価まで実施して終了となります
特に車両メーカーの要求に応えるために活動を実施していると、Automotive SPICE の要求を満たすためにプロセスを定義することが最優先となり、プロセスの効果測定やトレーニングの実施まで手が回らないことが多いようです。学習フェーズにあるように改善の効果を評価して、次の改善活動サイクルにつなげていくことが、継続的な活動につながっていくことになります。
プロセス改善活動の目的を明確にし動機づけに関するヒント
次に、立上げフェーズの主題である改善活動の目的と動機づけに関するヒントを紹介します。改善活動では、組織のトップの行動が活動の成否を決めると言っても過言ではありません。ここにトップが実施すべき行動概要を記載しますので、参考にしてください。
- トップがやる気になって、率先する
- 方針と方向を提示する
- プロセス改善の諸原則をコミットする
- 全参加者にプロセス改善を周知する
- プロセス改善の責任者を選定する
- 活動に必要な資源(人やインフラ)に関してコミットする
- 配下全員の意識改革の風潮を絶やさない
プロセス改善活動の役割と責任に関するヒント
最後に、改善活動をうまく運営していくためのヒントを紹介します。下図にあるように、各グループの責務を明確にし、トップ主導のもと全員が協力して活動を遂行していくことが効率の良い改善活動への第一歩となるでしょう。
いかがでしたでしょうか? 本コラムの最後に、弊社が実践してきた中で得た教訓をいくつか紹介しますので、参考にしてください。
- 従来の開発プロセスを尊重する
- マネージャが率先して取り組む
- プロセス改善モデルの心を理解する
- 目的を理解する
- 誰がやっても同じようにできるようにする
- プロセス間、能力レベル間のつながりを理解する
- 全プロジェクトと EPG が協力し合う
- 継続できる改善施策を捻出する
- ツールを最大限に活用する
- ただし、担当者にストレスを感じさせないツールとする
- 品質はただでは得られない
- 継続的なプロセス改善への投資を必要とするが、他の選択肢より安く済む
日吉 昭彦